肩関節唇損傷は、アスリート(特にオーバーヘッドスポーツ)にとって起こりやすい怪我です。この損傷は、肩関節の安定性に影響を与え、痛みや機能低下を引き起こします。肩関節唇損傷を正確に評価するためには、特定のスペシャルテストを行うことが重要です。本記事では、肩関節唇損傷(SLAP損傷(上方関節唇前後損傷)を含む)の評価に使われる代表的なスペシャルテストについて、手順、注意点、および鑑別診断のポイントを詳しく解説します。
O’Brien’s Test(オブライエンテスト)
特にSLAP損傷(上方関節唇前後損傷)を評価するための整形外科的検査
手順:
- 患者の体位: 患者は立位または座位になります。
- 腕の位置: 患者は腕を90度に前方挙上し、肩を10-15度内転させます。
- 親指の向き: 患者は親指を下向きにして、腕を内旋させます(親指が床を向くように)。
- 力の加え方(第1フェーズ):
- 検査者は腕の下部に手を当て、下方向に押しながら患者に抵抗するように指示します。
- 力の加え方(第2フェーズ):
- 患者は腕を外旋させ、親指が上向きになるようにします(手のひらが上を向くように)。
- 検査者は再度、腕を下方向に押し、患者に抵抗するように指示します。
陽性の基準
- 痛みの訴え:
- 第1フェーズ(親指が下向き)のテスト中に肩の前方または上部に痛みが生じ、第2フェーズ(親指が上向き)では痛みが軽減または消失する場合。
- 部位特有の痛み:
- 肩の深部や前方に痛みを感じる場合、特に上部関節唇(SLAP)損傷が疑われます。
注意点
- 関節唇部分の痛みやクリック音の有無に注意を払います。
- 内旋位での痛みと外旋位での痛みを比較します。内旋位でのみ痛みがある場合、より陽性の可能性が高くなります。
- 下方への圧力をかける際は、過度の力を加えないよう注意が必要です。
鑑別診断
O’Brien’s Testは主にSLAP損傷(上方関節唇前後損傷)の診断に用いられますが、他の肩関節の病態も示唆する可能性があります。O’Brien’s Testの鑑別診断には以下のものが含まれます:
- SLAP損傷(上方関節唇前後損傷):
これはO’Brien’s Testの主な対象となる病態です。上方関節唇の損傷を示唆します。 - 肩鎖関節障害:
O’Brien’s Testは元々、肩鎖関節と上方関節唇の病態を見分けるために開発されました。肩鎖関節の痛みや機能障害を示す可能性があります。 - 上腕二頭筋長頭腱障害:
上腕二頭筋長頭腱の炎症や損傷も、このテストで陽性反応を示す可能性があります。 - 肩峰下インピンジメント症候群:
肩関節の構造がインピンジ(挟み込み)されることで生じる痛み。肩峰下の軟部組織の圧迫による症状が、このテストで陽性反応を示す可能性があります。 - 関節包炎:
肩関節の関節包の炎症も、このテストで痛みを引き起こす可能性があります。 - 腱板損傷:
特に肩の前方に痛みが生じる場合、腱板の損傷(特に棘上筋)も考慮されます。このテストで陽性反応を示すことがあります。 - 関節軟骨損傷:
関節軟骨の損傷も、このテストで痛みを引き起こす可能性があります。
Anterior Slide Test(アンテリアスライドテスト)
Anterior Slide Test(アンテリアスライドテスト)のメインは、肩関節の前方不安定性や上方関節唇損傷(SLAP損傷)を評価するためのテストです。以下に手順、注意点、鑑別診断について説明します。
手順
- 患者の体位: 患者は座位または立位になります。背筋を伸ばし、リラックスした姿勢を保ちます。
- 腕の位置: 患者は手を腰に当て、肘を後方に引きます。これにより肩が軽く後方に外旋されます。
- 力の加え方:
- 検査者は片方の手で肩甲骨を固定します。
- もう片方の手を患者の肘に当て、前上方(前方かつ上方)に力を加えます。
- 動作: 検査者は肘に圧力をかけながら、患者に抵抗するように指示します。
注意点
陽性の基準
- 痛みの訴え:
- 前上方に圧力をかけたときに肩の前方または上部に痛みが生じる場合。
- クリック音またはポップ音:
- 肩関節内でクリック音やポップ音が感じられる場合。
- 不安感の訴え:
- 肩に不安定感や違和感が生じる場合。
鑑別診断
- 上方関節唇損傷(SLAP損傷): テスト中に肩の前上方に痛みやクリック音が生じる場合、SLAP損傷が疑われます。
- 前方不安定性: 肩関節の安定性が低下し、関節唇に負担がかかる場合、陽性反応が出ることがあります。過度の前方への動きや、患者が不安感を訴える場合、肩関節の前方不安定性が示唆されます。
- 上腕二頭筋長頭腱損傷: 結節間溝付近に痛みが生じる場合、上腕二頭筋長頭腱の問題が考えられます。
このテストは他の特殊テストと組み合わせて使用することで、より正確な診断が可能になります。例えば、O’Brien TestやSpeed’s Testなどと併用することで、SLAP損傷や上腕二頭筋長頭腱の問題をより詳細に評価できます。
Crank Test(クランクテスト)
Crank Test(クランクテスト)は肩関節の評価に用いられる整形外科的テストで、主に関節唇上部(SLAP)損傷の診断に使用されます。以下にその手順、注意点、鑑別診断について説明します。
手順
- 患者の体位: 患者は仰向けに寝ます。肩はリラックスした状態にします。
- 腕の位置: 検査者は患者の肩を90度に外転させ、肘を90度に屈曲させます。
- 手の位置: 検査者は片方の手で患者の肘を持ち、もう片方の手で患者の手首を持ちます。
- 動作:
- 肘を保持しながら、肩関節を内旋および外旋します。内旋および外旋を行う間、肩関節に軸圧をかけます(肩を上方に押し込む)。
- 動作中に肩関節に「クランク」または「クリック」音が感じられるか、患者が痛みを訴えるかどうかを確認します。
注意点
陽性の基準
- クリック音またはポップ音:
- 痛みの訴え:
- 不安感の訴え:
- 肩に不安定感や違和感が生じる場合。
鑑別診断
陽性の場合、主に以下の病態が疑われます:
Apprehension Test(アプリヘンションテスト)
肩関節の不安定性や脱臼の評価に使用される診断テストです。このテストは、特に肩の前方不安定性を確認するために行われます。以下に手順と注意点を説明します。
手順
- 患者の体位: 患者は仰向けに寝ます。肩はテーブルの端に位置し、腕は90度の外転位に保ちます。
- 肩の位置: 患者の肘を90度屈曲させ、前腕を上に向けます。
- 手の位置: 検査者は片方の手で患者の肘を持ち、もう片方の手を肩関節の前方に置きます。
- 動作: 肘を保持しながら、肩関節をゆっくりと外旋します。このとき、肩関節が前方に移動しないようにしっかりと支えます。
- 観察: 患者の顔や表情を観察し、不安や痛みを訴えるかどうかを確認します。
陽性の基準
- 不安感の訴え:
- 肩を外旋させると、患者が強い不安感や恐怖感を訴える。「肩が外れそう」と感じることが典型的な反応です。
- 痛みの訴え:
- 外旋時に患者が肩の前方または肩関節周辺に痛みを感じる場合。この痛みは肩の前方不安定性を示唆します。
- 身体的反応:
- 肩の外旋中に患者が無意識に肩を守るような動作をする。例えば、腕を内側に引き戻そうとする動作や顔をしかめるなどの反応が見られます。
注意点
- 検査時に下方へ手を誘導すると痛みが助長される可能性があるため、注意しながら評価を行う必要があります。
- 陽性反応を示した場合、前方から骨頭を安定させて外旋運動を行い、不安感が消失するかどうかを確認することで、肩関節の不安定性の判断材料となります。
※特に疼痛ではなく、不安定感や肩が抜けそうな感覚を訴えた場合に陽性と判断します。
鑑別診断
- 前方不安定性: 肩Apprehension Testで陽性反応が見られる場合、肩関節の前方不安定性が強く疑われます。これは肩が前方に脱臼しやすい状態を示しています。
- 肩関節唇損傷: 特にSLAP損傷などの肩関節唇損傷も考えられます。肩関節の安定性が低下している場合に見られる反応です。
特に前下方への脱臼が最も多い反復性肩関節脱臼では、このテストで不安感が増すことや、肩関節前方に不安感や圧痛があることが診断の手がかりとなります。エビデンスとしては、Flynnらの研究によると、このテストの感度は0.53、特異度は0.99と報告されています。高い特異度は、テスト陽性の場合に肩関節不安定症や反復性脱臼の可能性が高いことを示唆しています。
Relocation Test(リロケーションテスト)
関節の不安定性を評価するために使用される診断テストで、特に前方不安定性の確認に有効です。このテストは、Apprehension Testの続きとして行われ、肩関節の安定性を評価するための重要な手段です。
手順
- 患者の体位: 患者は仰向けに寝ます。肩はテーブルの端に位置し、腕は90度の外転位に保ちます。
- 肩の位置: 患者の肘を90度屈曲させ、前腕を上に向けます。
- Apprehension Testの実施: 肘を保持しながら肩関節をゆっくりと外旋し、患者に不安や痛みがあるかどうかを確認します。
- リロケーション: Apprehension Testで不安や痛みが生じた場合、検査者は肩の前方に軽い圧力を加えて、肩関節を安定させます。
- 観察: 患者の表情や反応を観察し、前方への圧力で不安や痛みが軽減されるかどうかを確認します。
注意点
- 患者の不安感や痛みに注意を払いながら検査を行います。
- 過度の力をかけないよう注意し、患者の反応を観察しながら慎重に実施します。
- 検査中の痛みの変化や不安感の有無を患者に確認します。
陽性の基準
- 痛みの軽減:
- Apprehension Testの段階: 肩の外旋時に不安や痛みが生じる。
- リロケーションの段階: 肩の前方に圧力を加えることで、その不安や痛みが軽減する。
- 不安の軽減:
- 患者が肩の外旋時に脱臼の不安感を訴える。
- リロケーションの圧力を加えることで、その不安感が減少する。
具体例:
- Apprehension Testで陽性: 肩を外旋させると、患者が「肩が外れるかもしれない」と感じる。
- リロケーションで陽性: 肩の前方に圧力を加えると、その脱臼の不安感や痛みが明らかに和らぐ。
鑑別診断
- 肩関節の前方不安定性:検査中に痛みが減少する場合、前方不安定性が示唆されます。
- 肩峰下インピンジメント症候群:Relocation Testは前方不安定性の評価が主目的ですが、インピンジメント症候群との鑑別にも役立ちます。
- 腱板損傷:Relocation Testだけでなく、他の特殊検査(例:Jobe’s test、Empty can test)も併せて行うことで、腱板損傷との鑑別が可能になります。
- SLAP損傷:Relocation Testは前方不安定性の評価が主目的ですが、SLAP損傷の可能性も考慮する必要があります。
Relocation Testは肩関節の前方不安定性を評価する上で重要な検査ですが、単独での診断的価値には限界があります。そのため、他の特殊検査や画像診断と組み合わせて総合的に評価することが重要です。
Jerk Test(ジャークテスト)
肩関節のジャークテスト(Jerk Test)は、主に肩関節の後方不安定性や後方脱臼を評価するための検査法です。以下に手順、注意点、鑑別診断について説明します。
手順
- 患者の体位: 患者は座った状態または仰向けに寝た状態になります。座った状態が一般的です。
- 肩と肘の位置: 検査者は患者の腕を90度に外転させ、肘を90度に屈曲させます。
- 肩の安定化: 検査者は片方の手で患者の肩甲骨を固定します。
- 動作: 検査者は患者の肘を保持し、肩関節を内転させながら後方に押し込みます。この動作により、肩関節が後方に移動します。
- 観察: 動作中に肩関節が「ジャーク」または「ポップ」する感覚や音があるかどうかを確認します。また、患者が痛みや不快感を訴えるかどうかも観察します。
注意点
- テスト中は患者に脱力するよう指示します。
- 突然の反動やコツンとした音、肩の亜脱臼感に注意を払います。
- 陽性反応が出た場合、腕を元の位置に戻すと脱臼は整復されます。
- このテストは実際に亜脱臼を引き起こす可能性があるため、慎重に行う必要があります。不安がある場合は無理に実施しないでください。
陽性の基準
- ジャーク感:
- 肩関節を後方に押し込んだときに、肩が突然「ジャーク」または「ポップ」する感覚がある場合。
- 痛みの訴え:
- 患者が肩関節を後方に押し込む動作中に痛みを訴える場合。特に後方に痛みを感じることが多いです。
- 不安感の訴え:
- 肩が後方に移動する際に、患者が不安や不快感を訴える場合。
具体例:
- 25歳のバレーボール選手が肩の不安定感を訴える。検査者が肩Jerk Testを実施した際、肩を内転させながら後方に押し込むと「ポップ」音が聞こえ、患者は肩の後方に鋭い痛みを感じた。これにより、肩関節の後方不安定性が疑われる。
- 30歳の水泳選手が肩の違和感を訴える。肩Jerk Testを実施した際、肩を内転させながら後方に押し込むと、患者は「肩が外れるような感じがする」と訴え、不安感を示した。検査者は肩のジャーク感も確認した。
鑑別診断
肩Jerk Testで陽性反応が見られる場合、以下のような肩関節の問題が疑われます:
- 肩関節後方不安定性: 肩が後方に脱臼しやすい状態。
- 肩関節唇損傷(特に後方唇損傷): 肩関節唇の損傷により、肩の後方安定性が低下している場合。
ジャークテストは肩関節後方不安定性の評価に有用ですが、単独での診断は避け、他の不安定性テストとの比較:
・前方・後方の不安定性テスト(anterior/posterior apprehension test)や
・下方の不安定性テスト(sulcus sign)
・負荷偏位試験(Load and Shift Test)
・ロックウッドの不安定性検査(Rockwood test)
肩関節脱臼の大多数は前方脱臼であるため、このテストで陽性反応が出ることは比較的稀であることに留意してください。
まとめ
肩関節唇損傷(SLAP損傷を含む)の評価において、適切なスペシャルテストの実施は極めて重要です。この記事で紹介したO’Brien’s Test、Anterior Slide Test、Crank Test、Apprehension Test、Relocation Test、Jerk Testは、それぞれ特定の肩関節の病態を評価するための有用なツールです。しかし、これらのテストは単独では診断の確定に十分ではありません。他の臨床所見、身体検査、および画像診断と併せて総合的に評価する必要があります。また、患者の病歴や症状の特徴も考慮に入れることが重要です。正確な診断を行うためには、多角的なアプローチが求められます。