論文

ピッチングメカニクス

この記事は約13分で読めます。

ワインドアップ(Wind Up)

ワインドアップ段階は、投手が打者に対面して静止した状態~リード脚(前脚)が最大の高さに達したところまで。

一部、解説・指導風景動画は会員限定の有料コンテンツとなっております。

会員様限定に送られたパスワードを入力してください。

投球動作のこの段階は、ローテーターカフ(肩のインナー筋群)、肩甲骨安定筋、三角筋の筋活動が比較的低い(収縮が最大に対しての21%未満)。

ワインドアップの最終位置は「バランスポイント」と呼ばれ、この時点で投手はボールをグローブから外し、次の段階を開始します。(図 1)バランスポイントの位置にいる間、投手の肩はホームプレートとセカンドベースの間に一直線に並び、両手はだいたい胸の高さで揃えて、重心が安定していることが重要。

一部、解説・指導風景動画は会員限定の有料コンテンツとなっております。

会員様限定に送られたパスワードを入力してください。

図1. 安定する重心位置「バランスポイント」

ワインドアップの時間

ワインドアップは、この先の投球動作のタイミングとリズムに繋がります。ワインドアップの時間は約 0.5~1.3 秒

障害リスク

ワインドアップ段階中の傷害リスクは、他の投球動作フェーズと比べて比較的低い。ワインドアップ中の重心が後方または前方に位置しすぎると、その後の運動連鎖のタイミングとトルクの伝達で上肢に影響を与え、肩と肘が負傷しやすくなります。

ワインドアップのメカニズムが不完全になる要因

✅下肢の筋力と体幹の制御力の低下によって膝を最大に上げたときにバランスが悪くなること

✅バランスポイントに到達する前に、体がホームプレートに向かって動き始めてしまうこと

✅ワインドアップ中の重心が後方に傾むいてしまうこと

✅肩が 90° 以上外転し、手の位置が高くなること

ストライド(Stride) or 前期コッキング(Early Cocking)

ストライドは、リード膝が最大になった時点~足が接触するまで。(図 2)

ストライドと体幹回旋中に作られる力は、球速の約 50%に貢献。

図2.ストライド期に上半身(肩)が残った状態で、骨盤の回旋が始まる事で脊柱の回旋が起こる。

ワインドアップフェーズで重心が安定したら、ストライドフェーズで重心を下げてホームプレートに向かって加速していきます。

ワインドアップからストライドまでの腕の軌道は、

1.ボールがグローブから外されるとともに開始

2.手の位置が右腰より下になるまでスムーズに下降

3.肘の屈曲角度が 80°~100° 。肘の高さが肩の高さかそれより少し高くなるまで上昇

4.手の位置はわずかに回内し、指はボールの上に位置している状態で二塁と三塁の間を向いています。

体幹回旋が可能な範囲でストライドの距離と時間を増やしながら、上肢へ効率よくエネルギー伝達ができる場所にストライドの位置を設定します。

ストライドが短いと、体幹の回転の可能性が減り、出力発揮が小さくなります。

ストライドの長さを制限する要因

✅リード脚(前脚)のハムストリングの硬さ

✅リード脚(前脚)の股関節外旋の可動域制限と弱さ

✅スタンス脚(軸足)の股関節屈筋の硬さ

✅スタンス脚(軸足)の股関節内旋可動域

※リード脚(前脚)の膝と股関節伸筋(ハムストリング・大腿四頭筋)は、ストライドから足の接触位置までを完了するために遠心的に作用します。

ストライドに必要なもの

リード脚(前脚)

✅股関節外旋筋群の可動域と強さ

大殿筋、小殿筋、梨状筋、内閉鎖筋

スタンス脚(軸足)

✅股関節内旋筋群の可動域

大腿筋膜張筋、中殿筋、ハムストリングス

ストライド段階では、骨盤は毎秒 400~700 °の速度で回旋するが、上半身はまだ閉じた位置でいるため、脊椎の回旋が生じます。

脊椎の回転により、筋肉の緊張が生じ、リード脚/骨盤と上半身の間で力ができます。(図 2)

一般的なストライドフェーズ中の投球メカニクスエラー

✅体の開き

学生投手(ユース)は、肩甲骨を適切な場所にポジションを作る前に体幹回旋が始まってしまい(一般的な表現では体が開く)、ストライドの長さに制限。

✅リード脚の足の接地方向

→本塁側、または三塁側に向かってわずかに「閉じた」方向である必要あり(図 3)

→リード脚(前脚)の股関節外旋と軸足の股関節内旋が制限されると、ストライドの足の配置が変化する可能性あり

クロスステップ

右投手の場合、足の接地位置が三塁側に近すぎると、肩の回転よりも腕が前に出てしまい、効果的にストライクゾーンに到達するためには体を横切って投げなければなりません。この足の位置はリード側(前脚)の骨盤と股関節を「固定」してしまうため、球速に必要な腕への効率的なエネルギー伝達ができなくなります。下肢・体幹で作り上げた勢いを失った分、腕のスピードを上げて適切なボールリリースポイントもってこないといけない為、肩の前側、肩甲骨の安定筋、肘内側に過度のストレスがかかります。

オープンスタンス

一方で、足の接地位置が開いた所だと、骨盤回旋のタイミングが早くなり、球速が遅くなることがあります。足を一塁側に開くと、上半身と下半身の一時的な回旋関係が変わり、後期コッキングからボールリリースの段階で前肩組織にかかるストレスが増大します。足が開いた状態で投球する場合の一般的な問題は、投球腕が体の回転より遅れているため後期コッキングから加速段階にかけて内側肘に外反負荷が加わることです。オープンスタンスの一般的な原因は、

歩幅が短いこと

・ワインドアップで前脚を上げる時の膝の高さが上がり切ってない状態からの投球のように、バランスポイントから急いで投げる事が挙げられます。

✅ストライドの長さが不十分

プレートに向かって並進運動の後、前足が着地すると下半身の前方向への移動が急激にストップする事でボールリリースへ向けて上半身がホームに向かって「鞭のように」動くことになります。ストライドの長さは、投手コーチの好みによる事が多いですが、リード脚の足とスタンス脚の足が接地しているときの距離の測定値であり、投手の身長の 85 ~ 100% の測定値が正常範囲です。歩幅を短くすると、精度を変えずに球速が下がり、歩幅を大きくすると球速が向上することが報告されています。

✅ストライドの角度が不十分

ストライド角度は、リード脚の足裏全体が着地したときのリード脚とスタンス脚の間の角度として測定される事が多い。ストライド角度は、股関節の柔軟性が関わります。ストライド角度が短い場合、下半身で生み出したパワーが減って、水平面で体幹と上肢を加速させるために腹斜筋への負担が大きくなるため、腹斜筋肉離れのリスクが上がります。

✅膝の屈曲角度が不十分

肩の怪我のリスクを最小限に抑えるためには、肩甲骨関節窩と上腕骨頭の適切な位置(肩関節の適切な位置)を確保が必須。ストライド中、肩の動的安定筋ローテーターカフと肩甲骨の安定筋)と静的安定筋(関節包靭帯組織)は、協力して機能する必要があります。

早期コッキングの準備に向けて、ローテーターカフと三角筋で腕を外転するために肩甲骨は上方回旋と内転(Retraction)。

肩甲骨安定筋の筋力または持久力が低下は、コッキング後期で肩の高さに対して肘の位置が低い状態に繋がります

関節窩に対して、上腕骨頭が過度の前方および後方に移動してしまうのは、肩の怪我に繋がるため避けたい。その中で、静的安定筋、主に下肩甲上腕靭帯(inferior glenohumeral ligament)は、この上腕骨頭の過度の前方および後方移動を制限してくれます。

一般的なストライドフェーズ中の投球メカニクスエラー

✅若い投手によく見られる問題は、手をボールの上ではなく下に置いて腕の軌道を開始し、その結果、後期コッキングと最大回旋に達する前に、肩が外旋してしまうことです。

✅「ロングアーム」と呼ばれる異常に長い腕の軌道

✅「リストフッキング」と呼ばれる手首の過度な屈曲位置

投球動作の初期段階(ワインドアップとストライド)中の動作次第で、その後の投球動作中の静的および動的安定筋へのストレスが増幅され、このストレスが投球障害の大部分を占めるため、注意深く評価することが必須。

コッキング (Cocking) or 後期コッキング (Late Cocking)

後期コッキング段階は、リード足が地面に接触したとき~投球肩が最大外旋(MER)位置になった時点。

後期コッキングにおける投球動作の焦点は、体幹、肩、肘の運動パターンにあります。リード側の骨盤によって、ホームプレート側へ回旋が開始され、捻転差がなくなってきます。

体幹回旋は、リード側の内腹斜筋と脊柱起立筋の収縮、立脚側の外腹斜筋の活動と連動して起こります。リード側の膝は、体幹回旋中に足が接地した時の屈曲位置から伸展の方向に動く。これが、ホームプレート側に向かって体幹前傾をするために必要な下肢の安定となります。

殿筋の収縮によって腰椎-骨盤と股関節は安定します。軸足の大殿筋は、後期コッキングと腕の加速中に股関節を外旋しながら、MVIC の 100% を超える筋肉収縮を示します。次に、前脚の中殿筋が収縮して股関節を内旋させ、足の接地からボールを​​リリースするまでに約 145% MVIC の筋肉収縮を示します。

肩が外転および外旋すると、肩甲骨は肩甲骨面内で内転された位置を取らなければなりません。肩は 90°~110° 外転し、50°~185° 外旋します。 MER では、肩は 90° から 100° 外転し、約 90° の肘屈曲で最大 20° 水平内転します。(図 4)

図4.後期コッキング期 – 肩関節外旋が最大時、肩関節90-100°外転、肩水平内転(最大20°)、肘屈曲90°。

肩峰下スペースを維持するために、前鋸筋と僧帽筋の収縮によって肩甲骨の上方回旋を行う。これは、肩インピンジメントやローテーターカフ損傷のリスクを軽減するために不可欠です。

前述の肩外転は、コッキング後期を通じて(肩が MER に近づくまで)キープされています。

ローテーターカフ、上腕二頭筋長頭、および三角筋は、関節窩において上腕骨頭の中心位を維持する役割を果たします。後期コッキング時には、肩甲下筋、広背筋、大胸筋の遠心性収縮と、棘下筋と小円筋が求心性収縮で、三角筋が肩外旋を行うのを補助します

上腕二頭筋長頭は、後期コッキング中は下記の役割をします。

・肩関節外旋60°以降で、上腕骨頭の安定性を補助

・MERで肘を積極的に屈曲。

さらなる肩関節外旋は、尺骨側副靭帯(UCL)・前腕回内筋・手首屈筋によって生成される内反トルクが作られると制限されていきます。

前足の接地位置も、上肢の軟部組織にかかるストレスの一因です。オープン足接地位置(ターゲットラインの一塁側に向かう)は、体幹の屈曲と回旋が減少するため、上肢は体幹より遅れ、肩甲骨面(Scapular Plane)より後方に位置します。上腕骨が肩甲骨面より後方に位置した状態で肩の水平外転が増加すると、最大外旋時の肩甲下筋、大胸筋、広背筋の遠心性負荷が上がると同様に、肩関節前方の関節包の怪我のリスクがあがります。

投球肩の前方不安定性がある若い投手は、よくインピンジメントの症状を抱えます。肩の前方不安定性があるアスリートは、MER 時に上腕骨頭の移動を減らそうと、上腕二頭筋長頭の筋肉活動が増加します。

前部三角筋と大胸筋は、MER 中に上腕骨を矢状面で約 20° 水平内転させるように働きます。

上腕三頭筋は、過度の肘屈曲を制限するために遠心性収縮(Eccentric)で働きます。しかし、ボールをリリースするまでの加速段階では、肘が伸びるため、上腕三頭筋は求心性収縮(Concentric)に働きを変えます。

加速(Acceleration)

投球動作における腕の加速段階は、MER ~ボールリリース。

腕の加速は、投球の全時間の 42~58 ミリ秒を占め、スポーツ活動の中で最も速い人間の身体動作の 1 つ。 アマチュア投手はプロ投手と比較して、加速フェーズでの上腕二頭筋とローテーターカフの筋肉活動が最大 3 倍も高くなります。 筋肉活動が高いことが、若い投手の腱板酷使による損傷の一因となっている可能性があります。

体幹回旋と体幹側屈は、ボールリリース時の上腕骨の外転角度に重要な役割を果たします。体幹側屈が過剰になると、ボールリリースポイントはオーバースローになり、体幹側屈角度が小さいと、サイドアームスローに近いリリースになります。加速期のサイドアームの軌跡は、主に UCL などの肘内側に微小外傷が蓄積しやすくなります。

加速期で特徴的な動作は

  • 肘25° 伸展
  • 肩内旋
  • 前腕90°回内
  • 手首屈曲
  • 前脚の膝伸展

この段階では、前脚と軸足の両脚が地面に接しているため、体幹は非常に安定しやすい。ボールリリース前の体幹の前傾角度は平均32°~55°(図5)。MERでの軸足から手までの運動連鎖は、図4に示すように逆「C」の位置を示します。

図5. 加速期では、ボールリリースの直前で上腕内転、体幹前傾32-55°、前脚伸展

広背筋は、その起始と停止の解剖学的位置と、腰骨盤運動連鎖のつながりを通じた収縮を考慮すると、加速時に最大の力を生成し、球速を確実に増加させます。

MER から急速な肩の内旋および水平内転への移行の爆発的な性質は 9000°/秒以上で発生し、肘は肩甲骨面で 2251 ~ 2728°/秒に達します。22

ボールリリースへ向けた最終加速段階での上腕骨の内旋と力強い内転は、肩インピンジメントの一因としてしばしば挙げられます。ボールリリースの瞬間では、肩甲帯は体幹に対して 90° ~ 100° の外転。

上腕骨頭に対して安定した固定点を作るために、ボールリリースのタイミングでは前鋸筋によって肩甲骨を外転させて、上腕骨を安定させます。

広背筋と大胸筋が、加速中の急速な肩の内旋を作り出します。

減速(Deceleration) / フォロースルー(Follow Through)

減速段階は、ボールリリース~肩関節の最大内旋と 35° 水平内転に達します。フォロースルー完了時には、守備準備姿勢を取る必要があります。軸足側の足はフォロースルー期では完全に地面から離れており、胴体がマウンドを下ってホームベースに向かって下降しながら、伸びた前脚上で体幹回旋します。(図 6)

図6.フォロースルー期 – 肩関節最大内旋と肩水平内転35°

前脚の股関節の内旋範囲と柔軟性は、フォロースルー後の守備姿勢に影響します。一般的に、フォロースルーで「オフバランス」姿勢になる投手は、ストライド期の投球メカニクスに異常がある事が多いです。

小円筋、棘下筋、後部三角筋は、上腕骨頭の移動を抑制するために遠心性収縮で働き、一方前鋸筋と菱形筋は、フォロースルー中に腕がホームベースに向かって伸びる際の減速時に肩甲骨の安定性を助けます。

肩関節に起こる強い回旋力と牽引力を消散させるためには、肩関節後部筋による遠心性収縮と関節包の軟部組織が必要だが、これらが肩甲上腕骨内旋不全 (GIRD) に関連している可能性が高いと報告されています。

上腕二頭筋は、肘伸展と前腕回内をコントロールする役割として、フォロースルー中に最大の遠心性筋活動に達します。

まとめ

ワインドアップと初期のコッキング段階は、投球動作のリズムとタイミングを決める役割を果たします。ワインドアップ中のバランスポイントは、体幹の制御と、投手がストライド前にコイルとコイル解除の機能に関わります。

ストライドの方向と長さのエラーは、体幹の回転速度と傾斜角度に影響。これは、肩と肘により強いストレスがかかることになる投球腕が肩甲骨面より遅れて出てくるメカニズムの一因となります。

後期コッキング期と加速期で最大速度が作られる為、投球障害の大部分がこれらのフェーズで起こってきます。

不適切な投球メカニクスは、肩甲胸郭と肩甲上腕関節周囲の軟部組織にかかる反復ストレスを増幅させる為、投球障害の一番の要因です。コーチ・トレーナーが投球動作と軟部組織にかかるストレスを理解して障害予防プログラムに反映させる事で、効果的な怪我予防を行う事ができます。

参照

Calabrese, Gary J. “Pitching mechanics, revisited.” International journal of sports physical therapy 8.5 (2013): 652.

PAGE TOP