過去30年間、野球投手における肩肘の怪我が増加しており、特に若年層の投手においての怪我の増加が深刻になっており、予防策の追及が急務とされています。肩肘の怪我のリスク要因として、
- 球速
- 投球量
- 腕の疲労
- 投球フォームの不良
などが挙げられていますが、首の可動性が肩肘の投球障害に与える影響については十分に研究されていません。この研究では、大学野球投手におけるプレシーズンの首の可動性が、シーズン中の肩肘の怪我、痛み、障害に関連しているかを調査します。
方法
本研究はコホート研究として設計され、2018年のプレシーズンにおいて健康な大学野球投手を対象に実施されました。被験者の姿勢、首の可動性、肩の受動的可動域(PROM)を測定。肩や肘の怪我による欠場日数と、Functional Arm Scale for Throwers(FAST)スコアを用いて、被験者を怪我ありと怪我なしのグループに分類。しました。
対象者: 2018年のプレシーズンに大学野球チーム(DivisionⅠ&Ⅲ)に所属する49人の投手(平均年齢19.92歳、平均身長187.04 cm、平均体重89.14 kg)。
測定: プレシーズンの下記の項目を測定。
- 姿勢
- 頸部の可動性
- 肩の受動的可動域(PROM)
グループ分け:シーズン中の下記の2つを用いて、投手を『怪我あり』と『怪我なし』のグループに分類。
- 肩肘の怪我による時間の損失(日数)
- Functional Arm Scale for Throwers(FAST)スコアによる患者報告の障害
研究手順と測定方法
プレシーズンの序盤に投手にアンケートを実施し、基準となる情報を収集。投球による急性の可動域の変化がない状態で測定するために、身長、体重、および身体測定は、選手が3日間投球していない時に実施。シーズンを通して、
- 週ごとに、ゲームの投球数と投球できなかった日数を計算
- 2週間に1回、痛みや障害がないかどうかの確認
情報提供アンケート内容
- 年齢
- 利き手
- 肩肘の怪我の既往歴
- 前シーズンの投球した月数
- 前シーズンのプレー状態(痛みを伴うプレー、痛みを伴わないプレー、痛みのためプレーできない、その他の理由でプレーできない)
投球数
- 週ごとにゲームでの投球数を集計
身体測定
- 傾斜計で脊柱後弯症の測定: 傾斜計を背骨に沿って上方に動かし、背骨の曲線が最初に逆転する地点で角度を記録
- 胸腰椎角度と頸胸椎角度の後弯角度を測定
- 頸椎の自動可動域(AROM)は6方向(屈曲、伸展、左右側屈、左右回旋)で測定。各動作を2回測定し、平均値を利用。
- 頸部屈曲-回旋テスト(CFRT)は、靭帯の張力を利用して環軸関節の動き(C1&C2の可動性)を局所的に測定するのに信頼性の高いテストです。2回測定し、その平均値を利用。
- 健康な成人の平均可動域は39~45°。
- 肩関節の受動的可動域は、肩甲骨を固定した状態で内旋、外旋、水平内転が両側で測定。各動作を2回測定し、平均値を利用。
怪我によって投球できなかった時間
- 肩または肘の訴えにより、プレーができなかった期間を「タイムロス」として記録。肩または肘の問題で、7日以上の欠場を伴う怪我を「欠場を伴う怪我」と定義。
FAST測定
- Functional Arm Scale for Throwers(FAST)は、投球スポーツ選手の健康関連の生活の質を測定するツールです。FASTは22項目から構成されており、9項目は野球に特化したの質問。スコアが高いほど痛みや障害が大きいことを示します。負傷者と非負傷者を区別できるほど、信頼性は高い。
- 基準値としてプレシーズンに1回。シーズン中は2週間毎にFAST測定実施。
結果
プレシーズンに首の可動性が低い大学野球投手は、シーズン中に肩や肘の怪我による欠場日数が増加し、肩や肘の障害が発生するリスクが高いことが明らかに。
考察
本研究の結果は、プレシーズンの首の可動性が大学野球投手の肩や肘の怪我に関連していることを示しています。首の可動性を評価することは、投手の怪我予防プログラムの一環として有効である可能性があります。
結果
合計 49 人の大学野球投手 (平均年齢 19.9 ± 1.5 歳、平均身長 187.0 ± 6.0 cm、平均体重 89.1 ± 12.1 kg) が研究に参加しました。右利きの投手は 38 人 (77.6%)、ディビジョン I レベルでプレーしていたのは 34 人 (69.4%) でした。さらに、21 人の投手 (42.9%) が肩または肘の負傷歴があると報告し、17 人 (34.7%) が前シーズンに腕の痛みを伴いながら投球したと報告しました。
欠場が必要だった怪我
登録された 49 人の参加者全員が、時間損失分析に含まれました。シーズン後半に 2 人の投手が怪我以外の理由でチームを離れましたが、肩や肘の痛みで欠場したことはなく、肩や肘の訴えもなかったため、最終分析に含まれました。49 人の参加者のうち、20.4% (49 人中 10 人) が肩または肘の怪我を負い、7 日以上欠場しました。平均欠場日数は 7.2 ± 17.8 日 (範囲 0 ~ 56 日) で、合計 380 日欠場。怪我の発生率は 1000 試合投球あたり 0.47 でした。
・合計 6 人の選手が肘の怪我。
・3 人が肩の怪我。
・1 人が肩と肘の両方の訴え。
すべての身体測定の平均値と標準偏差は表 1 に示されています。図 2 は、負傷したグループと負傷していないグループ間のプレシーズンの首と肩の可動性の全体的な違いを示しています。プレシーズンの肩の可動性は両グループで同じでしたが、負傷した投手は負傷していない投手と比較して、利き手側の CFRT による動きが有意に少なく (P ¼ .03)、平均差は 4.2 でした (表 1)。
図 3 の ROC 曲線は、CFRT の感度と 1 – 特異度の関係を示しており、負傷した投手と負傷していない投手を区別するテストの能力を表しています。統計的には、カットオフ スコアが 39.25 未満の場合、感度 (0.90 [95% CI、0.55-1.00]) と特異度 (0.62 [95% CI、0.45-0.77]) が最適化され、タイムロスの負傷を負った投手と負わなかった投手が最もよく区別されました (AUC ¼ 0.73 [95% CI、0.55-0.90]、P ¼
.03)。タイムロスの負傷を負った 10 人の投手のうち、シーズン前の CFRT 所見が 39.25 を超えたのは 1 人だけでした。臨床医にとってより実用的な測定カットオフは 39 という整数です。したがって、表 2 に報告されている診断値は、カットオフ スコア 39 に基づいて計算されています。最終的に、CFRT で 39 の所見を持つ投手は、より可動性の高い投手と比較して、時間損失を伴う傷害のリスクが 9 倍以上高くなりました (RR、9.38 [95% CI、1.28-68.49])。
怪我にかかった時間
図4のグラフは、各投手の怪我による欠場のタイミングを示しており、頸部屈曲回旋テスト(CFRT)で39.25度以上の投手とと39.25度以下の投手を比較。
CFRTで39.25度を超える結果を示した投手では、1人を除いて全員がシーズン全体を通して怪我による欠場をなしで完了
一方、39.25度以下の結果を示した投手は、シーズンの早い時期に怪我で欠場。
2グループ間の最初の怪我発生までの平均時間に有意差があり(χ2 = 7.667; P = 0.01)。
112日間のシーズンにおいて:
- CFRTで39.25度を超える結果を示した投手は、平均109.4日間(95%信頼区間:105-114日)を怪我なしでプレー。
- 39.25度以下の投手は、怪我なしでプレーできた日数は平均83.6日間(95%信頼区間:68-99日)。
これらの結果は、CFRTの結果が高い投手ほど、シーズン中に怪我による欠場のリスクが低いことを示唆しています。
- 視覚的なデータ分析により、7日以上欠場した投手は明確な群を形成していることが示唆されました。
- 7日以上欠場した投手は、結果的に少なくとも21日間欠場していました。
患者が報告した痛みと症状
- 調査対象と方法:
- 37人の投手を対象に患者報告アウトカム分析を実施(回答率75.5%)
- 12人は報告不履行により除外
- 怪我の分類:
- 29.7%(11/37人)の投手が怪我ありに分類(FAST投手モジュールスコア>10)
- 怪我ありグループの平均スコア:24.0 ± 10.6
- 怪我なしグループの平均スコア:2.7 ± 3.2
- 怪我のある投手の特徴:
- 頸部屈曲回旋テスト(CFRT)で動きが小さい(P = 0.03)
- 頸部屈曲可動域が小さい(P = 0.01)
- 体重が重い(P = 0.01)
- 肩関節外旋の左右差が小さい(P = 0.02)
- ROC曲線による最適カットオフ値:
- CFRT(投球側):38.25°
- 頸部屈曲可動域:64°
- 体重:86.86 kg
- 肩関節外旋の左右差:11.75°
- 怪我のリスク:
- CFRT 38°以下:約4倍のリスク増加
- 頸部屈曲可動域 64°以下:10倍以上のリスク増加
- 体重 86.9 kg以上:10倍以上のリスク増加
- 肩関節外旋の左右差 12°:リスク増加の可能性あり(統計的に有意ではない)
これらの結果は、首の可動性や体重が投手の肩肘の怪我リスクと関連していることを示唆。
考察
主な結果
この研究の最も重要な発見は、プレシーズンにおける利き手側(投球側)の頸部屈曲回旋テスト(CFRT)の結果が、肩や肘の怪我のリスク増加(欠場と自己報告による痛み両方を含む)と関連していることです。
頸部の可動性測定の高い感度と陰性的中率(NPV)は、CFRTと頸部屈曲可動域制限が、投球に関連する肩や肘の怪我のリスクが高い投手を特定するのに役立つ可能性があることを示唆しています。リスクが高いと特定された投手には、怪我の発生率を減少させるための介入を行うことができます。
この研究結果は、首が投球に関連する肩や肘の怪我の原因に関与しているという前提を支持しています。この関係の基盤は明確ではありませんが、首の可動性が制限されると、投球動作の後半で頭の安定性を維持する能力に影響を与える可能性があります。
例)
・後期コッキング、加速、フォロースルーの間に、急速に体幹は屈曲、回旋、側屈。固定された頭に対して相対的な頸部伸展、右回旋、右側屈を繰り返します(右投手の場合)(図6)。
※上部頸椎の回旋可動域が減少すると、頭を空間に保持するために中部頸椎で回旋、側屈、伸展可動域を代償。これらの複合動作は、椎間孔内の神経根のスペースを減少させ、肩甲骨および肩関節の神経筋機能を損なう可能性があります。
さらに、首の可動性制限が投球成功に必要な連続的で協調的な動作の実行を妨げる場合、頸部機能障害と投球関連の肩や肘の怪我との間に論理的な関連があるかもしれません。これは、近位の機能障害が遠位の機能に影響を与えるという一般に受け入れられている概念と一致。これらの説明は推測的であり、首の可動性と腕の怪我との関係の性質については、因果関係を確立するためにさらなる調査が必要。
興味深い付随的な発見として、体重が重い投手はFASTピッチャーモジュールで自己報告による痛みや障害のリスクが高いことがわかりました。Chalmersらも、尺側側副靭帯再建手術を受けたメジャーリーグの選手が、怪我をしていない選手よりも体重が重いことを報告しています。
一つの可能な説明は、体重が重い選手はより強く投げるため、肩や肘にかかる力が増加するというものですが、これは構造的な怪我や欠場を引き起こす可能性があります。興味深いことに、肥満が筋骨格系の痛みの訴えと関連しているという新しい証拠がありますが、体組成の評価がないため、これが痛みや障害に関与したかどうかは推測できません。
この研究の二次的な目的は、プレシーズンの首の可動性測定とシーズン中の怪我のタイミングを調査することでした。生存分析は、ほとんどの怪我がシーズンの前半に発生し、怪我をした投手はシーズンの10週目までに全員が欠場したことを示しました。一般的に、利き腕側の上部頸椎回旋可動域が広い投手はシーズンを乗り切りました。これらの結果を元に、プレシーズンの評価でリスクのある投手を特定して、予防へと介入する事ができると思います。
怪我を欠場日数のみで定義している研究が多いが、本研究では、欠場を伴わない怪我も含めて評価。Kerrらの報告によると、2009年から2014年の間、大学スポーツの中で野球が最も高い割合で非欠場型怪我を記録しています。これは、多くの選手が何らかの痛みや障害を抱えながらプレーしていることを示唆しているため、患者報告アウトカム(PRO)データも収集する事で、怪我による障害の全体像をより詳細に把握する。
運動と動員は損なわれた首の可動性を効果的に向上させるため、これらの首の可動性測定は修正可能なリスク要因としての可能性を持っています。
この研究の強み
この研究は、投手のリスク評価として使用できるものです。以下にその要点をまとめます:
- 新しい知見:
- 首の可動性の制限が怪我のリスクを大幅に増加させる事。
- 怪我をした投手は、首の伸展を除いて、全体的に首の可動性が低い傾向がありました。
- 特に欠場を伴う怪我では、上部頸椎の回旋可動域
- 自己報告による怪我では、首の屈曲可動域に有意差がありました。
- 既存の研究との比較:
- 過去の研究では、肩関節の可動性制限が怪我のリスクを増加させることが報告されていました。
- ジュニアや高校生では4〜6倍
- プロレベルでは2〜3倍
- 本研究では、プレシーズンの肩関節可動域はシーズン中に怪我をしたグループとしていないグループでは有意差なし。
この研究は、野球選手の怪我評価において、欠場日数だけでなく選手自身の報告も含めた多面的なアプローチを行う事で、怪我の影響をより正確に評価し、リスク要因との関連を詳細に分析。首の可動性も、怪我のリスク評価や予防策の改善につながる可能性があります。
この論文における制限
この研究の結果解釈には慎重を要する点があります。以下にその要点をまとめます:
- 研究の限界:
- 天候や試合スケジュールなどの外部要因を制御できていない。
- 投球数はゲーム中の投球のみで、ウォームアップやブルペンでの投球は含まれていない。
- 最大・平均球速のデータがない。
- 評価は頸部と肩に限定され、肘の可動域は評価されていない。
- 対象者の多様性:
- 異なる競技レベル(ディビジョンI、III)の選手が対象とされている。そのため、競技レベルによってリスクの内容が異なる可能性があります。
- サンプルサイズの問題:
- 主要な研究質問に対しては十分な検出力がありましたが、より大きなサンプルサイズがあれば、首の可動性制限に起因する相対リスクをより正確に推定できた可能性あり。
- また、肩と肘の怪我の違いをより詳細に分析できた可能性があります。
- 結果の一般化可能性:
- この研究結果は大学野球投手、特に北部気候の地域でプレーする選手に特有のものかもしれません。
- 異なる年齢層や、年中野球をプレーできる地域やリーグでは違う結果が出る可能性あり。
- 因果関係の推論:
- 首の可動性が怪我のリスクとなりうる事が分かりましたが、首の可動性を改善することで怪我の発生率が減少するかどうかはさらなる研究が必要。
これらの限界点を考慮するとこの研究結果は重要な傾向を示していますが、さらなる研究が必要です。特に、異なる競技レベルや地域での検証、より大規模なサンプルでの研究、そして首の可動性改善によって怪我予防効果があるかどうかが今後の課題となります。
まとめ
シーズン前の投球側の首の可動性は、シーズンを通して大学野球投手が経験した肩肘の怪我と関連していた。
特に、CFRT と頸部屈曲可動域は高い感度と NPV を示したため、個々の投手のリスク評価を作成するための有用なスクリーニングツールとなる可能性があります。
参照
Devaney, Laurie Lee, et al. “Preseason neck mobility is associated with throwing-related shoulder and elbow injuries, pain, and disability in college baseball pitchers.” Orthopaedic Journal of Sports Medicine 8.5 (2020): 2325967120920556.